HU-plus (vol.15) 2021年度5月号
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学会などで海外を訪れた時、その土地の食器や小物を買い集めている。「コロナ禍が落ち着いたらまた再開したいと思います」と金田一准教授。14Hiroshima University Magazine広島大学の実験用ヒートポンプきんだいち・さやか/1977年、北海道生まれ。広島大学大学院先進理工系科学研究科准教授。北海道大学工学部卒業、同大学院工学研究科都市環境工学専攻博士課程修了。北海道大学大学院工学研究科特任助教、東京大学大学院工学系研究科特任助教などを経て現職。PROFILEWhat do you like?2003年、ポーランド・ワルシャワで国際蓄熱会議に参加2008年、スイスの国際ヒートポンプ会議で、Best poster awardを受賞した取材・文/アエラムック編集部 大田原 恵美 「“我慢”ではなく、“エンジニアリング”で、建物内の冷暖房エネルギーを減らしたいんです」  笑顔で明るく話してくれた金田一清香准教授の専門は「建築環境学」。建築物内部の空気や光、熱、音など、目立たないけれど建築にとって重要な「室内環境」を研究する。 興味を持ったきっかけは、生い立ちにまでさかのぼる。札幌五輪の選手村を活用した団地で育った。団地で導入されていたのが、当時先端的だった「地域暖房」だ。地域暖房とは、部屋ごとではなく、建物全体や地域全体で同じ冷暖房システムを利用すること。熱源をまとめることでエネルギー効率がよくなり、CO₂も減らせる。 「母親がよく『うちの暖房の仕組みは、よその家と違う』と言っていて。母は使用料が高いという意味で言っていましたが(笑)、『こんなスマートな暖房があるんだ』と興味を持ったのです」 地元・北海道大学の工学部に進学。「生(いのち)」を「衛(まも)る」衛生工学科で、水、空気、廃棄物などの環境要素のうち、エネルギーをテーマに選んだ。以降、建物で使うエネルギーを減らし、効率よく使うための研究を行っている。 今取り組むのは、地中熱をヒートポンプに使うシステムの開発だ。ポンプとは、「低い場所から高い場所へ送る」という意味。「ヒートポンプ」は、温度の低いところから高いところに熱を移動させるシステムを指す。身近なところではエアコンもヒートポンプだ。エアコンは、「大気(エア)」の熱を利用するが、地中熱はその名の通り、地面の下にある熱を利用する。地中に室外機相当の配管を埋め、熱を吸排出する。 昨今、注目を集めるSDGs(持続可能な開発目標)への貢献も大きい。今、世界中でCO₂の排出量削減が急務。火力発電から再生可能エネルギーへの転換など「発電」側が強調されがちだが、「電力を使う」側の削減も欠かせないと、金田一准教授は指摘する。 「電力削減に、空調ではヒートポンプの活用が有効です。中でも地中熱はエアコンより省エネ効果が高い。欧州では高効率のヒートポンプは再生可能エネルギーとして認められています」地中熱ヒートポンプは、もとは北欧などの寒冷地で取り入れられ、日本でも北海道などで導入が進む。エアコンの場合、寒冷地では室外機の凍結や雪による埋没などの問題があるからだ。 「ただ、地中熱ヒートポンプは、広島など温暖地で同じように導入してもうまくいきません」と頭を悩ませる。地盤には「熱をためやすい」という性質があるため、温暖地で地中熱を冷房に活用すると、すぐに地盤の温度が上がってしまうのだ。加えて、地盤を掘るスペースやコストの問題もあり、普及には課題もある。そこで、温暖地に適したヒートポンプシステムとして、地中熱と空気熱をハイブリッドで用いる手法を研究中だ。 日本でも「ZEB※」といわれる年間エネルギー収支ゼロ(「使う」と「つくる」エネルギーが一致)を達成する建物が登場している。その多くに「地中熱」が使われているという。海外、特に中国では暖房用熱源をヒートポンプに転換する政策を強力に推進しており、金田一准教授の論文の引用数が伸びている。  「私を含め、多くの研究者・技術者が地道に続けてきた地中熱の研究が、こうして社会のニーズに合致してきたのは素直にうれしいですね」 数年前、広島に家を建てた。 「こぢんまりとした普通の家です。ただ、屋内の環境を重視しました。『温度』も『CO₂濃度』も建築当初からずっと計測しています。プライベートを利用した半分趣味の研究ですね(笑)」 2人の子どもの親としても、家族が快適で健康に暮らせる家づくりにこだわったという。研究者としての今後の目標にも重なる。 「家を建てるときに、多くのオプションの中から屋内の環境を良くすることにお金をかける人がもっと増えるといいなと思います。長い目で見たら、必ず健康につながりますから。建築環境の研究者として、今後は良質な家に住むことの価値を社会の中で高めていきたいですね」※Net Zero Energy Buildingの略称地域暖房を導入した団地で育つエネルギー収支ゼロを目指す家づくりは健康につながる地中熱ヒートポンプの活用でCO2削減も

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