績を残すことも確かに大事ですが、基礎から種をまき、水を与え、じっくりと自身の研究を育ててほしいですね。吉野:私もそう思います。産学の連携を強化し、企業と大学が本来の役割を果たせるようにならないといけません。越智:先生は「35歳で学問をスタートできるように基礎を作りなさい」とおっしゃっていますね。孔子の『論語』にも「三十にして立つ」という言葉があります。医療界ではウィリアム・オスラーが「25歳までに学問をし、40歳までに研究をしなさい」と述べています。吉野:私が「35歳」と言ったのは、ノーベル賞受賞者が平均36.8歳で賞につながる研究を始めているからです。私がノーベル賞につながる研究を始めたのも33歳の時でした。35歳というのは、大学卒業後にある程度仕事の経験を積み、自分の裁量でチャレンジできるようになる年齢です。また、万が一失敗してもリカバリーのチャンスがあるので、新しいものを生み出すのに一番適した時期だと思います。大学の場合でも、博士課程を修了して10年間ほどは自分のエネルギーをためておき、自分の裁量で動けるようになったときに発揮するのが良いでしょう。企業でも大学でも、35歳は非常に重要な時期です。越智:35歳からスタートできるよう、若い頃に知識や経験を蓄え、しっかりと準備をしておくことが大切なのですね。私も若いうちに寝食を忘れて何かに熱中する時期があるべきだと思います。大学院では、専門分野を深めるだけでなく、幅広い知識や方法論を持ち、柔軟に物事に対応できる人を育成したいと考えています。先生は、大学院も含めて大学に求められるものは何だと思われますか。吉野:大学のミッションは2つあります。教育により有能な人材を輩出することと、研究で社会に新しいものを提言していくことです。これからは研究者でも幅広い知識や経験が必要になりますが、広く浅い知識ではいけません。豊かな知識・経験を持ち、なおかつ誰にも負けない分野を養い、「世界初」の研究を進めてほしいと願っています。越智:座右の銘を教えてください。吉野:「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉です。一般的な意味は「立派な人ほど腰が低く謙虚なこと」ですが、「実ったら頭を垂れなさい」、つまり「実る前から頭を垂れるな」という意味にも取ることができます。先ほど35歳からチャレンジするよう言いましたが、35歳まではとがっていても良いので貪欲に経験を積み、新しいことをスタートさせてください。謙虚になるのはその成果が認められた後で良いでしょう。越智:業績が出るまでは積極的に挑戦を続けるのですね。最後に、新型コロナウイルスの影響で不安を感じている大学生にメッセージをお願いできますか。吉野:今回のコロナ禍は、この世界には未知の部分がたくさんあるという大きな教訓を人類に与えてくれました。これを災難と嘆くのではなく、世界に先駆けて自分がチャレンジできるネタがまだまだあると、ポジティブに捉えて実る前から頭を垂れるな35歳が重要な時期ノーベル化学賞に輝いた「リチウムイオン電池」 今や日常生活に欠かせないスマートフォンやPCには、リチウムイオン電池が使われています。リチウムイオン電池の特徴は、持続力があり、軽量で、なおかつ劣化の少ないこと。幅広い分野の製品に用いられ、IT社会の実現に大きく貢献しました。また、電気自動車や人工衛星にも搭載され、地球環境問題の解決や宇宙開発に役立つことが期待されています。 電池には、アルカリ乾電池のように使い切りタイプの「一次電池」と、充電放電を繰り返すことができる「二次電池」の2種類があります。1980年代、モバイル機器を小型化・軽量化するために、エネルギー密度の高い新型二次電池の開発が求められていました。 電気を通すプラスチック「ポリアセチレン」を研究していた吉野先生は、新型二次電池の負極の材料としてポリアセチレンが適していることを発見。リチウムイオンを含む金属酸化物「コバルト酸リチウム」を正極とし、非水系の有機溶媒を電解液に用いたリチウムイオン電池を試作しましたが、ポリアセチレンでは電池を十分に小型化することはできませんでした。そこで、吉野先生はポリアセチレンに似た素材を探し、「VGCF」という材料に着目しました。旭化成研究所で研究されていたカーボン材料です。これをもとに、1985年にリチウムイオン電池を完成させました。IT革命や地球の未来を支える新発見で、吉野先生は2019年にノーベル化学賞を受賞されたのです。みてください。越智:まさに同感です。貴重なお話をありがとうございました。リチウムイオン電池の動作原理 (旭化成株式会社提供)旭化成の研究メンバーと06Hiroshima University Magazine
元のページ ../index.html#7