趣味は筋トレ。「年齢と共に体力が落ちてしまわないよう、筋力維持を心掛けています」と大下准教授。研究や仕事で成果を出すには、体力と健康が欠かせません。県庁災害派遣医療チーム調整本部では指揮を執った おおしも・しんいちろう/1974年広島県生まれ。広島大学大学院医系科学研究科准教授、広島大学病院高度救命救急センター・集中治療部 副診療科長。98年広島大学医学部卒、2017年より現職。専門は間質性肺炎急性増悪とECMOによる治療。PROFILEWhat do you like?留学先のドイツにて。同僚と朝食中ドイツ留学時代の恩師、コスタベル教授(中央)と取材・文/アエラムック編集部 白石 圭 新型コロナウイルスが世界で猛威を振るう中、県内の最重症者診療を担当している広島大学病院。切り札とされる人工呼吸器やECMO治療の最前線に立つのが、大下慎一郎准教授だ。 ECMOは、血液をチューブを通して体外に出し、酸素を加えて再び戻す装置。1分間でほぼ全身の血液が入れ替わる速度で血液を循環させ、その間に肺を休ませて回復を促す。 大下准教授はECMOに早くから注目し、肺胞の間の組織が炎症を起こす「間質性肺炎」急性増悪にECMOが使えると考えた。ECMOの治療対象である急性呼吸不全と病態が似ているからだ。「でも当時、『間質性肺炎にECMOはNG』というのが学会の常識で、大変な批判にさらされました」。それでも症例を重ねるうちに、多くの患者の命を救えることを実証した。人工呼吸器を必要とした間質性肺炎急性憎悪の死亡率は90%から40%まで下がり、治る可能性も広がった。 「でも、『人間万事塞翁が馬』なんですよ」 インタビュー中、大下准教授はこの言葉を幾度も口にした。どういうことだろうか。 15歳の時、時速100㎞超の車のひき逃げに遭い、死の淵から生還。担当医師の優しさに憧れ、医師を志すきっかけとなった。広島大学医学部在学中、大好きだった祖父が進行がんで死去。進行した状態で発見されることが多い肺がんなどは、手術が難しい。「切れないがんを治したい」と呼吸器内科医の道を選び、大学院で早期発見などに使われる腫瘍マーカーの開発も始めた。だが研究は難航を極めた。 「3年間の実験で、必要なタンパクが全く作れなかったんです。毎日のように実験室に寝泊まりして研究したのに成果が出ず、暗い気持ちでした」 そこで、大学院4年目に研究テーマを間質性肺炎に変更。医学的には全く別種の疾患だ。「正直、留年覚悟でゼロからの再出発でした」と大下准教授は言う。ところがこちらは良い実験結果が順調に集まり、冬に投稿した論文はスムーズに査読を通過。3年間の「素振り」が奏功した。 間質性肺炎の研究でドイツへの留学が決定。しかしドイツ語が分からない。 「同僚の話に全く入れないんです。1年目は本当に鬱々としていましたね」 毎日18時の終業後にはがむしゃらにドイツ語を勉強。2年目には徐々に同僚とドイツ語でコミュニケーションできるようになり、患者の血液やゲノムのデータを収集し、論文を書き上げた。大学院時代、大量の患者血清やデータを管理した経験が生きた。 34歳で帰国。その後、広島大学病院の高度救命救急センター・集中治療部に配属される。 「今までの経験がほとんど役に立たず、再び一からの出直しでした」 その直後の09年に新型インフルエンザが流行。欧米で使われていたECMOが、日本の集中治療の現場にも導入され始めた。間質性肺炎に長年取り組んできた大下准教授は、ECMOに新型インフル治療以外の可能性を見出し、冒頭の治療法が結実した。呼吸器内科出身の集中治療医ゆえにできたことだった。 「広島大学のECMOの症例数は全国トップレベルになったため、勉強のために県外からも医師が集まるようになりました」 ECMOはのちに、新型コロナウイルス感染症治療の「切り札」として知られることになる。 新型コロナが流行し始めた20年2月、大下准教授は親交のある医師に呼びかけ、全国のICUの空床状況やECMOなど医療機器の台数を管理するシステムを作り上げた。「CRISIS」と呼ばれるものだ。情報を基に効率よく資源を配分することで、地域の医療崩壊を防いだ。 成功の理由は、18年の西日本豪雨災害の経験にあった。当時広島県の災害対策本部長を務めた大下准教授は「色々な困難がありました」と振り返る。 「情報共有が不足していたため各病院への支援に時間を要し、情報集約の重要性を強く認識しました。だからこそ今回は、データ共有を最重視しました」 現在は「CRISIS」のほか、呼吸音を可視化する「電子聴診器」の遠隔利用や、ECMOのより有効な使用についても研究を進めている。 「つらい思いでやっていたことが、不思議と生かされている。何がどう転ぶか分かりませんね。多くの人との出会いや経験が今の私を支えてくれています」 苦難の数々は、全てが今につながっていた。医学界の「通説」見直し新たな治療法を確立困難な経験も全てが今につながっているドイツ留学後はまったく別の科に配属エクモ16Hiroshima University Magazine
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