HU-plus (vol.13) 2020年度8月号
6/32

にさらされ続ける戦場のようなものです。だからこそ、茶の魅力が理解され、継承されているのではないでしょうか。越智:内観する意義は現代社会にもあるということですね。岡倉天心が「茶道の要義は不完全なものを崇拝するにある」と言っています。どのようにお考えですか。上田:岡倉天心の『茶の本』はとても良い本ですね、私も少し時間があれば目を通しています。岡倉天心が言っているのは、茶の湯とは、日本人が日常生活を美しく生きるための美の宗教である、ということです。宗教とは生き方という意味合いだと理解しています。五感が刺激されると静かな心がもたらされ、自分の内に目が向きます。その体験を洗練したものが茶の湯です。できるだけ自分を見失わずに日常生活を送りたいものですが、静かな心になるには、自分が日々をどう生きたいかという根幹の部分に自覚がないといけませんね。越智:静かな心を持って日常生活を送るのが非常に重要というお話を聞いて思い出しましたが、『幸福論』を著したカール・ヒルティという哲学者がいます。仕事がいかに重要かを説き、それをルーティンに取り入れることが幸せに通じる、という言葉を残しています。多くの人にとって一日一日をどう過ごすかは、自分の仕事にどう取り組むかということです。上田:自分が求めるものを少しでも得ようと努力して一日一日を過ごすのが理想ですよね。このような日々の研鑽をするには、やはり静かな心がないといけません。他人と優劣を競うばかりでは、静かな心で自分自身を見つめられません。越智:講演でも、「でき合いのメジャーで測らない」ということを強調しておっしゃっていましたね。静かな心になるためには、自分自身の判断基準をしっかりと持って、みだりに自分と他人を比較しないことが重要なのですね。上田:自分の得手不得手や独自性を自覚し、自分の仕事に向かい合ってほしいです。越智:上田さんが講演で紹介された「花は今一つあれと思う程に」という言葉が心に留まりました。上田:いい言葉ですよね。武野紹鴎という戦国時代の茶人の言葉です。花をもう一輪足して満点を目指すのではなく少し抑えることで、鑑賞者はその余白に感情を移入し、それぞれの美しさを見いだすことができる、すなわち無限のバリエーションの美しさが宿るのですよ、ということです。自分の思う完璧を押し売りするのではなく、相手の独自性を引き出すことが重要なのです。越智:岡倉天心の不完全なものを崇拝する態度と重なりますね。教育にも通ずるところがあると思って拝聴しました。教育者は、自身の考える100点の基準を押し付けてteachするのではなく、assistあるいはcoachをするべきでしょう。相手が持つ独自の才能を開花させるのです。だから「今一つあれ」と思っても、教えるのは7、8割に抑えて、自分で考えさせるということでしょう。上田:100点を取ることもできるけれど抑えて80点を取る…というのはとても高度な文化ですね。越智:本当は全部教えたい気持ちがありつつも、そうしないためには、コーチとしての自分を抑えないといけないわけですね。越智:今年は被爆75年で、原爆や平和に対する思いをお聞かせください。上田:原爆は、私にとって大変大きな意味があります。父と祖父母が原爆で亡くなりましたし、現在ご縁のある広島在住の遠鐘へ続く内露地(上田流和風堂)のですが、茶というのは、自分の立ち居振舞いと、庭や建物といった空間、扱う道具など全てを含んだものです。越智:上田宗箇流の茶風や、その魅力についてお教えいただけますか。上田:特徴としては、空間を移動するという点があります。客人は、外露地、内露地と呼ばれる茶室の庭から「遠鐘(えんしょう)」という数寄屋へ移動します。さらに次の茶室への移動があり、 日常の書院空間でもてなされます。これは、戦国時代から平和な時代へ世の中が変わった際に、茶の湯という非日常と日常をつなぐ必要があったからでしょうね。このように、屋敷の中を移動することで、茶だけで終わらない最高のもてなしを作り上げ継承してきたのです。越智:死を覚悟して戦場に赴いた戦国時代に、ゆったりとした空間で内省し、自分自身を取り戻す効果を得られたのが茶の湯だったのですね。上田宗箇流のルーツは武家茶道ですが、江戸時代初期に模索された平和な時代のお茶の在り方が現代に伝わっているのですね。上田:茶室は内省の空間であり、茶の湯の原点はお茶を一服飲むことを通して静かな心で時間を過ごすことです。騒がしい日常から静かな空間に移動して自分を取り戻し、また戦場へ戻っていくような武家茶道のあり方が、上田宗箇流の根幹であり魅力だと思います。戦国時代のように常に生死の危機にさらされるわけではありませんが、ある意味では、現代社会も緊張日々に静かに向かい合う「今一つあれ」の心意気と教育平和を想い、文化をつなぐ05

元のページ  ../index.html#6

このブックを見る