「夫婦旅行では、妻が風景写真を撮ることが多い」と小林特任教授。写真は金沢21世紀美術館のオブジェ『まる』。一つ一つの丸に2人が写った様子が面白くて撮った一枚。14Hiroshima University Magazine1981年の農林水産省の答申に反映されることになったグラフ。日本で食料安全保障について議論される契機となったこばやし・しんいち/1956年長野県生まれ。広島大学副学長、大学院人間社会科学研究科長、高等教育研究開発センター長。79年、筑波大学第二学群比較文化学類卒業、86年、同大学社会工学研究科(博士課程)単位取得退学。東京工業大学助手、科学技術庁科学技術政策研究所総括主任研究官、筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授、国立国会図書館専門調査員などを経て現職。PROFILEWhat do you like?大学での「研究倫理」の授業の様子科学技術分野の文部科学大臣表彰伝達式の様子。新型コロナウイルス感染症の影響で学内で行われた取材・文/アエラムック編集部 大田原 恵美 「私は、通常の研究者のイメージとはかなり違っていますが大丈夫ですかね」 インタビュー冒頭、小林信一特任教授は颯爽とこう話す。たしかに研究者・教育者というより、企業の最前線にいるビジネスマンといった印象を受けた。平均で4年ごとに職場が変わり、大学だけでなく行政、独立行政法人などで勤務してきたという経歴も、研究者としては異色だ。 「研究者らしくない」道を志したきっかけは、大学院の修士1年のときにさかのぼる。 数学や統計、コンピューターが得意だった小林特任教授は、修士課程では社会工学の道を選択した。当時知り合いの教授が農林水産省から食料の安全保障に関するシミュレーションを頼まれた際に、実作業を任された。その時に作ったシミュレーションは、答申の核に採用され、その一部はNHKの報道番組でも使われた。 「修士1年で、自分の関わった研究が社会の中で、特に政策に直接結びつくという経験をしたのです。この経験は大きかったですね」 以来、「公共政策に役立つ研究」を目指すようになった。さらに大学の研究が社会にどう役に立つのか、そのために大学はどのように研究者を育てていけばいいのかをテーマに考え続けてきた。1990年以降、大学での研究が科学技術政策にとって重要性を増していく時代背景とも合っていた。 今年、科学技術分野の文部科学大臣表彰である「科学技術賞」を受賞した。業績は「科学技術政策と高等教育政策の融合研究実践技術の振興」。受賞理由について、小林特任教授はこう話す。 「科学技術政策と高等教育政策の両方をやっている人はほとんどいないので珍しかったのもあるでしょう。序列の中で下から積み上げていく通常の研究とは異なって、トップの人たちとのネットワークが築けたことが良かったと思います」 小林特任教授が取り組むテーマの一つに「研究不正」がある。「不正」というと悪意のあるものをイメージするが、そればかりではない。研究の世界では、実験方法や装置などの条件を変えると結果が全く異なることもある。「この方がいい数字が出るかな」という何気ない意識がもとで不正が生まれることもある。分野によって、研究データのとり方や扱いも異なる。だから、外の世界の違う価値観に触れることで「あ、これは不正なのかも」と気付くことが多い。 大学で、研究不正が問題となっていた2008年、小林特任教授は「研究倫理」の授業を始めた。一方的に教えるのではなく、分野や属性の異なる学生同士で議論やワークショップをしてもらった。 「多様性の中での交流が大事なのです。他の価値観に触れることで、自分たちの研究分野での常識が特殊と分かる。だから若い人には、海外に行ったり、少し道を外れたりして、異分野の世界を知った方がいいと言いたいですね」 趣味をたずねると「うーん……」と言ってしばしの沈黙。「趣味とか好きなことを聞かれると困っちゃうなぁ」と苦笑する。 「ただ、仕事がない期間に、妻の運転で日本中をドライブして回ったのは楽しかった。東京から福岡までぐるっと。無職っていいなぁと思いましたよ」と、はにかみながら答えてくれた。 さまざまな職場を経験してきた小林特任教授。広島大学のいいところを尋ねると、こう答えた。 「今回のコロナ禍で、地元企業さんが苦境にいる学生たちにアルバイト先を提供してくださるなど、多方面で学生や大学を支えてくれました。首都圏の大学にいた時には、地域の存在をここまで感じることはなかった。大学にとって地域社会の支えは大事なのだと痛感しました」 それともう一つ小林特任教授は付け加えた。 「私は3年前に病気で車いす生活になったのですが、広島大学が障がい者となった私を雇ってくれ、副学長にも就任することになった。こうした大学の姿勢がうれしかったというか、素晴らしいですね」 広島大学の姿勢、自身の体験からも、「多様性」の大切さを教えてくれた。修士1年の研究が国の政策に直結コロナ禍で感じた地域社会の支え異分野の世界を知った方がいい
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