HU-plus (vol.13) 2020年度8月号
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 今年、広島は被爆75年を迎えます。当時の体験を語れる人が少なくなっている今、被爆者の思いや平和の大切さをどのように語り継ぎ、残していくかが課題となっています。しかし、単に語り継ぐだけでは、いずれ風化してしまう。そうならないために、大学は次世代を担う若者たちが被爆体験への理解を深められるような学びの場を提供しなくてはならないと考えています。 私が所属する広島大学平和センターは、平和学の学術的研究機関としては我が国最初のものであり、国立大学では今なお唯一の研究機関です。前身となる平和科学研究センターは、平和科学に関する研究・調査と資料の収集を目的に1975年に発足。その後、2018年に現在の形へと発展しました。従来の活動に加えて、研究成果の教育への還元や、平和教育の推進にも取り組んでいます。 広島大学は、学部・大学院の科目として2011年度から「平和科目」を開講しました。当センターはその企画・運営において中心的な役割を担っており、医学・社会学・物理学などさまざまな切り口で原爆に関する学習機会を提供しています。私は、被爆者や核実験被害者の心理的・社会的影響の調査研究に基づいた「平和学」の講義を担当。学生たちが原爆による被害の大きさを理解するだけでなく、「平和」「ヒロシマ」についても考えられるような講義を心掛けています。 また、平和科目では、紛争問題などの普遍的な「平和」に関する講義も展開しています。平和というと多くの広島の人は「核なき世界」をイメージするかもしれませんが、世界的には、紛争問題やそれに関わる貧困・難民問題など、もっと広い範囲を指します。当センターでは、広島の原爆に関する研究はもちろん、よりグローバルな平和教育・研究についても推進していく考えです。 世界の人々にとって被爆を経験した「ヒロシマ」は特別な地です。被爆者の話には、いまだに多くの人が耳を傾けてくれます。しかし、これからもっと長い年月が経ち、当時の体験を語れる被爆者が一人もいなくなってしまったら、ヒロシマが歴史的に忘れられてしまう可能性もあります。 私は“平和の聖地”として世界が認めてくれている今のうちに、グローバルな平和についてもヒロシマから積極的に発信していくべきだと考えています。それが原爆体験を直接聞いた私たちの役目であり、私たちにしかできないことだからです。 「平和」とは、とても多義的で、あいまいな言葉ですが、私は社会的に弱い立場にある人たちに寄り添える社会構築だと捉えています。今般のコロナ禍でも社会的弱者の存在があらためて顕在化しました。SDGsが掲げるように、貧困や飢餓、暴力、差別などに苦しむ最も弱い人たちを「誰一人取り残さない」社会が理想です。その実現は決してたやすくはありませんが、こういった人たちの存在に気付き、思いやり、寄り添うことが平和な社会の実現に近づく一歩だと思います。身近な疑問を、異なる専門分野の研究者が解説!今回は被爆75年にちなみ、平和とは何か、そのために私たちができることは何かを考えます。学問の探求教授が答える、社会の“?”グローバルな平和を「ヒロシマ」から発信かわの・のりゆき/広島大学平和センター長を務める。主に、原爆被爆者、核実験被害者、原発事故被害者の心理的・社会的影響などについて研究している。専門分野 : 原爆・被ばく研究、平和学被爆者の体験を大学で学ぶ原爆から紛争問題まで29の平和科目平和とは「弱者」に寄り添える社会「平和学」から国際シンポジウムでの講演平和センター川野 徳幸 教授チェルノブイリ原発事故被災者への聞き取り調査読売新聞と共同で行っているアンケート調査12Hiroshima University Magazine

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