HU-plus(vol.09)2019年度5月号
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再燃する漫画への思い新たな世界と巡り合う05越智:入社後、本社で、松下幸之助さんに直接お会いされた時は、どんな印象でしたか?弘兼:やはり特別なオーラを放っておられるように感じましたね。本社の社員全体に向けたお話を伺う機会もありました。また、僕の所属する企画部は会長室と同じ3階にあって、時々出会うのですが、みんな足が止まって「ハッ」とした表情で挨拶をしていました。直接会話したことはありませんが、近くで見かけるだけで緊張する別格な存在でしたね。僕はあまり緊張することはないのですが。越智:それはなかなか貴重なご経験でしたね。越智:松下電器に3年間お勤めになられてから、なぜまた漫画家を目指されたのですか?弘兼:松下電器では企画部に所属して、広告のディレクションをしていました。その中で、さまざまなデザイナーと親睦がありました。ある時、会食の後にたまたまデザイン会社の近くを通ったので顔を出したら、深夜12時近いというのに彼らは一生懸命広告制作していました。その姿を見て、自分はもともと何かを生み出す仕事をしたかったのだと、思い出しました。越智:それからはどのように?弘兼:方向性を見極めるためにある程度の準備は必要だと思い、しばらく会社で働きました。いきなり会社を辞めて、周りに迷惑を掛けるわけにいかないですから、ひとまず当時の額で100万円貯金しました。漫画家になれるまでは、この貯金で頑張ろうと思っていました。しかし、幸いなことにデザイン会社の方たちと人間関係をうまく築いていたので、松下電器退社後もたくさん仕事をいただき、サラリーマン時代より収入が3倍ほどになりました。そして、広告デザインの仕事をしながら、漫画を応募し入選。徐々に漫画の仕事を増やし、今に至っています。だから一度も、お金に困った時期がないのですよね。越智:目標を見つけて、やみくもに行動するのではなく、現実的なステップアップを見据えることは大切ですよね。『課長 島耕作』の話の中では、松下電器時代のご経験が生かされているように見えますが。弘兼:そうですね。当時、松下電器は6万人の社員を抱える巨大企業でした。その中で派閥抗争があり、本部長と部長が共倒れするような現実を目の当たりにしてきたわけです。そうした情報はサラリーマン時代の3年間で吸収しました。僕が漫画にする出来事はすべて実際に起こり得ることなのです。越智:だからリアリティがあるのですね。越智:私はワインが好きなので、島耕作がワインに目覚めたエピソードが気に入っています。弘兼:島耕作が輸出部門に就いた時の話は、三洋電機のワイン輸入部門をモデルに描きました。当時は三洋電機がロマネコンティなどを輸入していました。越智:ワインについてお詳しいですね。弘兼:ストーリーを考える時は、取材した情報を基にしていますから。『島耕作』シリーズは娯楽の側面と情報発信の側面を持っている作品です。そのため、経済や政治、海外での日本企業の動向などにもいつも注目しています。ワイン以外にも、現在は農業や漁業について書いていますが、膨大な情報からどのように物語に落とし込むか考えるのが、結構大変です。越智:新しいテーマはどのように考えておられるのですか?弘兼:漫画を描きながら、ラジオやテレビのニュースを流して、気になる情報が耳に入れば、書き留めておき、担当編集者に調べても©弘兼憲史/講談社

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