HU-plus(Vol.7)2018年8月号
12/32

月刊誌「日経サイエンス」は、科学・技術に関する話題の最新情報と知識を専門以外の読者に分かりやすく解説しています。研究者、ビジネスパーソン、学生が、科学技術の世界の視野を広げるために購読しています。2018年9月に創刊47年を迎えます。SPECIAL REPORT世界のトップ100大学に向けて挑戦する広島大学の取り組みをシリーズで紹介し、将来性を探っていきます。地球温暖化などエネルギー問題の解決策として期待キラル磁性体のモデルを示す井上克也教授キラルには、形(構造)のキラリティと運動のキラリティがあり、同じ種類の“キラル単位”が集積すると、さまざまな物性が現れる。※キラルソリトン格子…スピンが片巻きのらせん状に周期配列したキラルな磁気秩序。形のキラルと運動のキラル 省エネに貢献し、地球温暖化問題に解決策を与えるとして、キラル物質が注目されている。広島大学には2017年に世界トップレベルの「キラル国際研究拠点」(拠点長=井上克也・大学院理学研究科教授)が設置され、キラル物質の合成から物性解明、さらには応用を見据えた研究を目指す。 右手と左手は鏡像関係にあって、重ね合わせることができない。こうした性質はキラリティ(対掌)と呼ばれ、光学異性体はキラル構造を持つ化合物だ。キラリティは形だけでなく、素粒子のスピンなどの特性にもみられる。そして、全部が右(あるいは左)といったように同じ“キラル単位”が集積すると、さまざまな物性が現れる。 井上教授は1990年代、プリンやコンニャクなどの弾力のある食物が持つ性質に着目した。プリンはタンパク質のアルブミン、コンニャクは糖鎖がキラルに連なり結合しており、これが柔軟かつ堅固な構造を生み出す。こうしたキラルな結晶構造を磁石にも応用できないだろうかと考えたのだ。 井上教授は、小さな磁石である電子スピンの位相をマイクロスケールでそろえてキラルに集積させ、磁気的に柔軟で堅固(安定)なキラル磁性体を作ることに成功した。 例えば、光の粒(光子)の位相がそろっているレーザーはさまざまな新しい性質を持っている。それと同じように、キラル磁性体も従来の磁性体にない全く新しい性質を持つ。井上教授は「キラルな形の磁石を作ったら、中の電子の動きにもキラリティが見られるようになり、大きなブレークスルーとなった」と語る。 現在知られているキラル磁性体には、二つカテゴリーがある。まずキラルな分子磁性体は、世界で70余りが構築されているうち、9割は井上教授の研究室で作り出された物質で、日本、米国、EUで特許を取得している。もう一つがキラルな無機磁性体で、こちらも約半数を井上教授らが作って研究している。 分子磁性体は可視光や赤外光に対して透明な強磁性体で、さらにキラルな分子磁性体であれば大きな磁気光学効果も有するため、次世代の光通信のための光アイソレーター(光を一方向だけ通過させ逆方向からの光を切断する光学素子)や光磁気メモリーなどに応用可能だとみられている。現在用いられているガーネットなどの透明な磁性体は、磁化の情報で光信号の制御を行うため、入力情報は外部磁場に限られる。一方、キラル磁性体は、磁場だけでなく、右、左が区別されるため、情報量は1000~1万倍に上げられる。 一方、無機磁性体はコンピューターのたいしょう011

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る