HU-plus(Vol.5)2018年1月号
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  幼い頃から本好きだったという小島明子さんは、翻訳家という仕事を意識したきっかけについて、広島大学大学院生時代を振り返りながらお話くださいました。「もともと、トニ・モリスン(1993年ノーベル文学賞受賞)の作品に魅かれていたこともあり、吉田純子先生の研究室でフェミニズム批評を学びました。ただ、研究者の道を歩むより、いずれ、よい作品を翻訳したいと思い描いていました」。夢はあっても、具体的な道のりにはまだ時間が必要でした。 社会人になり結婚、退職。ご長男を出産された後、子どもへの読み聞かせをするうちに絵本の魅力を再発見します。翻訳には文芸やビジネス、学術書などさまざまな分野がありますが、「児童書の翻訳が、一番したいこと」と実感したそうです。 以後は、子育てと主婦業の傍ら、読書会を立ち上げたりインターネットを通じて翻訳仲間と交流するサークルに参加したりと勉強の日々を過ごしました。 流れが変わったのは、東京都板橋区主催の絵本翻訳コンクール『いたばし国際絵本翻訳大賞』で最優秀翻訳大賞を受賞した時。英語部門で700件以上の応募があった中での受賞でした。原書はカナダ総督文学賞児童書部門(英語/絵)受賞作でもある、“Virginia Wolf”(『きょうは、おおかみ』キョウ・マクレア作/イザベル・アーセノー絵)。イギリスの女性作家ヴァージニア・ウルフへのオマージュ(敬意)として書かれた、想像力あふれる姉妹の物語です。 しかし、受賞作は出版される予定がありませんでした。そこで小島さんは、広島市内で児童書出版社『きじとら出版』を立ち上げ、版元として、同翻訳コンクール受賞作品を出版していくことを決意します。社員は小島さん一人。編集・営業など、外部の協力者を得て、自らの訳書を含め、3年間で9冊の絵本を全国に送り出しました。「原作者の思いや、背景に広がるその国の風景・日常を、多くの読者に感じ取ってもらえればうれしい」と小島さん。「原作のイメージに添った、質の高さがいちばん大切。作品にふさわしい日本語となるよう、翻訳者は言葉の選び方一つに気を遣います。腕の見せどころですね」 自らが翻訳した『きょうは、おおかみ』の作者キョウ・マクレアさんとは、フェイスブックでも交流。日本生まれのお母さまは「母国語で娘の作品を読むことができるなんて」と大変喜ばれたそうです。 「海外の絵本は、色合いも雰囲気も違って見える。子どもたちには、読むことで日本と違った風景を体験してほしいですね。絵本の中に別の世界が広がっていて、ページをめくるだけで簡単に友だちが一人増えるような気持ちになれるんじゃないでしょうか」と、笑顔で話されます。今後も、会社として長く継続していくことで、いい本を世の中に出していきたいそうです。 後輩たちへは、こんなメッセージをいただきました。「文芸翻訳家という職業ですぐに身を立てることは難しいかもしれません。やりたい気持ちがあるなら、その道を探りつつ、他の仕事を並行させるのも手ではないでしょうか。翻訳においては、どんな経験も無駄になりません。私は学生時代、貪欲さが足りなかったと思う。大学では専門の先生方がすぐそばにいらっしゃるし、図書館には本がたくさんある。恵まれた環境にあったときに、もっと勉強しておけばよかったと悔やまれます。皆さんは今のうちに大学を活用し、多くのことを学んでください」翻訳も、出版社の仕事もリビングで上/広大の、ええね!を語り合う。「海外の人にとって広島は特別な土地なので、平和への意識を持った留学生が多いのでは」左/海外の絵本は、表紙だけで想像力が膨らむ。愛猫のチョコも一緒にパチリ024

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