HU-plus(Vol.5)2018年1月号
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 HiSORセンター長の島田賢也教授は「磁性体や超伝導体における電子状態を明らかにして、固体が持つ性質の起源を解明したい」と語る。 研究の2本柱は、環境負荷の少ない新材料の創製によるグリーンイノベーションと、生体物質の立体構造の解明を通じたライフイノベーションだ。 グリーンイノベーションの担い手は、副センター長の奥田太一教授である。磁性を持った物質の研究には、エネルギーと運動量の測定に加えて、スピンの検出も不可欠である。スピンは、電子の自転による角運動量で、それ自身が微小な磁石の性質を持つ。 従来法ではエネルギーと運動量は効率よく検出できても、スピンの検出は難しかったが、奥田教授は約100倍効率よくスピンを測定する検出器を開発。世界で初めて電子のスピンを立体的に高精度で可視化する技術を確立した。スピンは電子を磁化した鉄に当てた際の跳ね返り方を調べることにより観測するが、一般に容易に酸化してしまう鉄の表面だけをあらかじめ酸化膜で覆い、それ以上の酸化が進まないようにした。 これを武器にして挑む新素材が、トポロジカル絶縁体。物質内部は絶縁体で電流を通さないが、表面には金属状態が存在し電流を流すことのできる新しい絶縁体で、しかもその電子はスピンが一方向にそろっている状態でエネルギーをほとんど使わずに伝導することが可能。低消費電力の新しい素子への応用が期待される。 「省電力で効率のよい新材料の開発につなげるため、スピン検出器の性能にもさらに磨きをかけたい」と語る。 生体物質の解明から創薬などにつながる成果を導こうというのが、松尾光一准教授だ。溶液中で生体分子の立体構造を見るための手法を、やはり装置と共に開発した。 SPring-8の硬X線を用いれば、原子レベルで結晶構造解析ができる。これに対して真空紫外線で得られるのは、より大きな分子レベル構造だが、タンパク質を結晶化させることなく溶液中で、生体に近い状態で計測でき、生体膜との相互作用なども捉えられる。 例えば、あるタンパク質は、生体膜と相互作用すると薬が結合している部位の構造が変化するため、薬を効果的に患部に届けるシステムへの応用が期待できる。また、アルツハイマー病などの原因物質とされるアミロイド線維の形態・毒性に重要な分子間微細構造を生理的環境に近い条件下で、世界で初めて解明することに成功している。 松尾准教授は「アミロイド線維がどのようにできるかが分かれば、それを阻害したり、溶解したりするような薬の開発も夢ではない」と語る。 島田センター長は、「装置開発と解析手法の開発が両輪となって進んだ。世界にオンリーワンの装置で、世界一の成果を目指したい」と語る。 HiSORでは、国内外との共同研究が盛んだ。最近は利用者の2割が海外の研究者で、若手研究者や学生は国際交流を通じて大きな刺激を得ている。 一方で課題もある。設置から21年が経過して、更新計画に真剣に向き合わなくてはならない時期が来ている。世界に誇れる成果を出し続けて価値を高めていかなくてはならない。真価が問われる正念場を迎えている。        取材・文/日経サイエンス(上)奥田教授が開発したVLEED型スピン検出装置は、従来法に比べて100倍高い感度でスピンを検出可能なため、電子の詳細な性質が可視化でき、新材料開発が促進される(下)松尾准教授が開発した放射光円二色性装置により、アミロイド線維の微細構造が結晶化させることなく生理的条件下で解明され、将来の治療につながることが期待されるHiSORのスタッフ、学生、共同研究者012

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