HU-plus(Vol.3)2017年4月号
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て広大に着任した。「HiHAの強みはチームワークの良さ。基礎研究で培った知見を、若い人たちと力を合わせて、がんの薬に活かしていきたい」と抱負を語る。 こうした研究体制の中から、『Nature』に代表される海外の一流雑誌に掲載されるような論文が、毎年50本ほど生まれている。2016年10月、『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載された水沼正樹准教授(分子遺伝学)の論文も、そうした最新の成果の1つである。 水沼准教授が実験対象として用いたのは酵母である。同年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏(東京工業大学)が用いていたモデル生物も酵母。とりわけ醸造技術などで日本人にもなじみが深く、国内の保有数は、世界有数の規模である。今回の成果も、酒どころ広島の地元にある独立行政法人酒類総合研究所(東広島市)との共同研究から生まれた。 出芽酵母は、ヒトと同じく真核生物(細胞内の核が膜で包まれた生物)であり、1996年に全ゲノム情報が解読されているが、その遺伝子にはヒトと共通したものが多い。水沼准教授は、いち早く酵母を用いて寿命のメカニズムの解明研究を行い、2009年からは多細胞生物の線虫にも対象を広げている。 水沼准教授らはまず、長寿の酵母を100個余り調べる中で、長寿に関与する遺伝子として「SSG1」を発見、さらにそのメカニズムを解明した。酵母でこの遺伝子が強く働くようにしたところ、酵母の寿命が通常の12日程度の約1.6倍となる20日にまで延びた。これは、メチオニン(アミノ酸の一種)の代謝産物を合成する酵素が強化され、長寿遺伝子である「AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(AMPK)」が活性化されたためだとみられている。さらに、メチオニンの代謝産物を通常の酵母と一緒に培養するだけで、同様に酵母の寿命が延びた。 一般に食事制限を行うと、いわゆる長寿遺伝子とされるサーチュインが活性化されて寿命が延びるといわれている。しかし、酵母のメチオニンの代謝産物によるAMPK活性化と同様のメカニズムがヒトでも確認されれば、食事制限することなしに、寿命を延ばせる可能性がある。 また、代謝産物が老化を制御するということになれば、さまざまな疾患の予防に道を開くと期待される。その標的は、がんや糖尿病といった生活習慣病のみならず、うつ病なども考えられる。 水沼准教授は、「代謝産物は、もともと我々の生体内にあって無害な物のはずなので、サプリメントなどでヒトの予防医学にも使える可能性が高い。酵母から線虫、マウス、そしてヒトへと道のりは長いが、基礎を固めることこそが応用への早道となる」と語る。 HiHAは、最終的にヒトの健康寿命への貢献をゴールに定めており、その志は高い。一方で、今この瞬間にもがんのために奪われている命、医療や介護の社会保障の重圧と直面する日本社会がある。シーズから実用化までには少し時間がかかるだろうが、しっかりと科学に裏打ちされた「健康長寿科学」の発信が期待されている。  取材・文/日経サイエンス健康長寿研究拠点・(左から)河本正次教授、登田隆特任教授、水沼正樹准教授次代を担う水沼研究室のメンバー酵母のプレートでの増殖(左図)。野生株、メチオニン代謝変異株(sah1短命酵母)、長寿変異株(sah1SSG1)を36℃で3日間培養した。酵母の寿命曲線(右図)。野生株、メチオニン代謝変異株(sah1短命酵母)、長寿変異株(sah1SSG1)、長寿変異株(SSG1)の経時的寿命を測定したヒトの健康長寿への貢献を目指し、酵母を用いた実験を重ねるsah1野生株sah1SSG1SSG1014

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