気分転換と体力づくりのために走る習慣をつけている島田教授。普段は広島市内の河原を走っている。写真はカナダでのランニングの様子。14Hiroshima University Magazine日本セラミックス協会雑誌に掲載された父のエッセイ。研究者としての原点を思い出すため、今も時々読み返すしまだ・まさゆき/1973年東京都生まれ。広島大学大学院統合生命科学研究科教授。2007年広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。2017年同大学大学院生物圏科学研究科教授を経て現職。大学発ベンチャー「広島クライオプリザベーションサービス」の代表取締役も務める。専門は家畜生殖学。PROFILEWhat do you like?アメリカの恩師リチャード教授(左)。アメリカ生殖学会でregional research awardを受賞した際の1枚教授室には、歴代の卒業生からプレゼントされたさまざまな豚グッズが飾ってある取材・文/アエラムック編集部 部長 大谷 荘太郎 「昆虫や爬虫類は大の苦手。子どもと動物園に行っても、蛇の小屋には入れないんですよ」 生命科学の専門家である島田昌之教授はこう笑う。生物の道に進んだきっかけは、意外なものだった。 父は応用化学の素材工学分野の研究者。叔父も研究者だったため、子どもの頃から「自分も研究者になる」と自然に思っていた。高校時代、理科の選択科目でほとんどの生徒が物理を選ぶ中、マイナーだった「生物」を選んだ。 「生物に特別興味があったわけではなく、物理を選んで父と同じ道に進んだら、将来比較されてしまうと考えたんです。思春期特有の反抗でしたね(笑)」 広島大学から同大大学院へ進学。マウスを用いて遺伝子を調べ、受精や排卵にどう影響するかを調べる「家畜生殖学」が専門だ。 研究者として早くから頭角を現し、32歳で准教授に抜擢された。同じ年、アメリカに留学し、恩師となる女性研究者、ジョアン・リチャード教授に出会う。「厳しい先生でした。誰が見ても紛れや疑念を生じないレベルまで徹底的に実験する、という研究の基礎を叩きこまれました」 島田教授の代表的な研究の一つが、2010年に発表した「豚の凍結精液を用いた人工授精技術」だ。それまで豚の人工授精は難しく、妊娠の成功率が低い上に生まれる子どもの数も少なかった。島田教授は精液を品質の良い状態で凍結、解凍できる方法を開発し、妊娠、出産の成功率を自然交配と同等に引き上げた。 「例えば豚熱(CSF)や牛の口蹄疫などの伝染病が発生すると、家畜は淘汰(殺処分)されてしまう。冷凍精液を用いることで、代々の品種改良などの努力がついえるリスクをカバーできるのです」 精液を3000以上の成分に分けて、調べるという地道な研究だった。「アメリカでリチャード教授に学んだ精神があったからこそ、成功に至った」と島田教授は振り返る。 その成果はすでに畜産現場で活用されている。2011年には、養豚家から預かった豚の精液の冷凍保存や、人工授精用の保存液などの製造販売を行う大学発ベンチャー「広島クライオプリザベーションサービス」を設立した。 「マウスの遺伝の配列を調べるという入り口から、最終的には農家レベルで実用化できるところまでが私の研究。研究者は基礎研究だけ、実用研究だけ、となりがちですが、私は統合して全部やりたいと思っています」 2019年7月に発表し注目されたのが、世界で初めてとなる「哺乳類の雌雄産み分け」の技術だ。精子には、卵子との受精後にメスになる形質を備えた精子(X精子)とオスになる精子(Y精子)があるが、島田教授らは、ある溶液内での刺激によりこの二つの精子を分離する技術を開発。それぞれを体外受精させることにより、マウスや牛などで8割以上の確率でオスとメスを産み分けることに成功した。 「大掛かりな装置を使わずにX精子とY精子を分離できるので、将来的には畜産農家のレベルで産み分けができる可能性があります。ただし生命倫理の問題があるため、人以外の哺乳類に限って特許を申請しています」 研究成果は国内外で大きな反響を呼んだ。将来の食糧問題を解決するヒントにもなるという。 「例えばヒンドゥー教の人たちは牛肉を食べませんが、メス牛由来の牛乳やチーズは動物性たんぱく源として貴重です。メス牛のみ需要があってもオス牛がいなければ繁殖できませんし、宗教上の戒律で不要なオス牛を処分できないため、インドでは畜産業の規模がなかなか拡大せず、需要に追いついていない。こうした問題が解消する可能性もあります」 取材した日「この後、愛媛県の畜産家と会う約束があるんです」と話した島田教授。地道な基礎研究と、その成果を畜産農家が使えるまで落とし込む実用研究。その両輪を回し、活躍のフィールドを広げている。父への“反抗”で生物の道へ将来の食糧問題の解決にも大学発ベンチャーで研究を社会実装まで
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