8世紀に伝来し奈良の東大寺に所蔵されている新羅経典から、角筆で新羅語を書き入れ読解した写経が見つかり、2009年から毎年、韓国の研究者と共同で解読作業を進めています。2020年1月に15回目の共同研究を東大寺で行い、1141行全てを一通り解読しました。くぼみが薄くて読みにくい箇所もあるので、研究を進めていきたいと思っています。 私の研究は、人々から忘れられていた角筆文字の世界の一端を掘り起こしたにすぎません。角筆という視点から光を当てることで、新たな文化史が開かれるでしょう。広島大学が世界の研究をリードしてほしいと期待します。いつも調査に出掛けると、必ずドラマを感じ、未知への憧れにわくわくしたものです。それが今日までの原動力になってきたように感じます。若い皆さんには未知の世界への探求心を持ち、継続して労力を惜しまないでほしいと思います。学問の探求教授が答える、社会の“?” 日本の古代文化に影響を与えた中国にも角筆文献があるのではないかと考え、調査を中国にも広げました。1985年、北京に設立された日本学研究センターに客員教授として招かれた際に蘭州を訪れ、2000年前の漢時代の墓から出土した木簡「武威漢簡」に角筆の跡と思われるくぼみを確認。さらに、敦煌文書や宋代の木版一切経の経典のほか明代、清代の文献からも角筆の書き入れを発見しました。 また、中国に角筆が残っているのならば日本が大陸文化を取り入れる経路となった朝鮮半島にもあるのではと考え、2000年にソウルの主な大学図書館と博物館の調査へ。11世紀の初雕高麗版かフィールドは日本から世界へ海を渡った角筆文化角筆文献から読み解く世界白紙の手紙角筆については事例を交えた分かりやすい書籍が出版されています。今回はその中から事例を少しだけ紹介。興味のある方はぜひご覧ください。ら、日本のヲコト点(読み方の補助記号)に当たる「点吐」と仮名に当たる「字吐」が角筆で書き入れられていることを初めて発見しました。13世紀以降の文献にも見いだされ、韓国でも角筆が使われたことが明らかになりました。東アジアの漢字文化圏で主に漢文を読み解くのに角筆が使われ、交流も行われたことが分かってきたのです。 さらに大英博物館を調査した結果、ヨーロッパでも角筆が使われたことを突き止めました。11~12世紀の手写しのバイブルに角筆のような古代文字や符号、絵などの書き入れがあったほか、コーランにもありました。このように角筆文献は東アジアだけでなく、ヨーロッパや中東にも広がっているようですが、その調査はやっと緒に就いたばかりです。角筆地図(小林芳規『角筆文献研究導論 別巻 資料篇』)。日本全国で発見された角筆文献が記録されている角筆スコープ角筆には先端の尖った筆記用具が使われた未知への探求心が新たな発見につながる角筆文献の中には、全文が角筆で書かれたものも存在する。そこには筆者の本音やメッセージが隠れていることも。例えば、幕末の蘭学者、高野長英の白紙の手紙には、脱獄の意志が秘められている。江戸時代の藩校の教科書には角筆で読み仮名などのメモが書き込まれているが、そこには地方ごとの方言が反映されている。全国の文献を収集・比較すれば、方言の分布などを読み取ることも可能だ。CASE1方言の書き込みCASE2小林芳規 著『角筆のひらく文化史―見えない文字を読み解く』(岩波書店)しょちょう12Hiroshima University Magazine
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