HU-plus (vol.11) 2020年度1月号
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吸着した化学物質の「環境運命」を解き明かす 今年の夏に大阪で開かれたG20サミットでは、「マイクロプラスチック※問題」が主要テーマに挙がりました。現在、世界では年間数百万トンを超えるプラスチックごみが海洋に流出し、地球環境や生態系に影響を及ぼしています。マイクロプラスチックによる海洋生物への被害のメカニズムは主に二つあります。一つはプラスチックが異物として生物体内に入り、消化管の機能を物理的に損なうこと。もう一つは海水中の有害物質がマイクロプラスチックに吸着し、それを取り込んだ生物の体内で脱着して障害を起こすことです。この有害物質は食物連鎖の中で徐々に濃縮されていきます。 プラスチックに吸着した有害物質の濃度は吸着と脱着、生成と分解によって変化していきます。紫外線によって光分解を起こすこともあれば、プラスチックの成分と化学反応を起こして新たな化合物を生成することもあるからです。プラスチックに吸着している物質が変質すれば、水への溶けやすさなどから脱着する可能性もあります。このような「環境運命」に注目し、私はその中でも分解の仕組みについて研究しています。 海洋に漂うマイクロプラスチックに吸着した化学物質の挙動を正しく捉えるためには、徐々に実際の環境に近づける段階的な実験が必要です。初歩的な実験では、劣化前のプラスチックの上に化学物質の溶液を垂らして化学物質を吸着させ、紫外線を照射した後、光分解の速度や分解後にどのような化学物質が残るかを調べます。化学反応を起こしにくいとされるガラスで同様の実験を行えば、結果を比較することでプラスチック特有の分解を検出できます。ただし、これは実際の環境とは程遠く、ここからさらに紫外線を太陽光に近づけたり、劣化させたプラスチックを使用したりして、一つ一つの条件を調整していきます。また、プラスチックには塩化ビニールやポリエチレンなどの種類があり、それぞれ構成している元素が違います。そのため、実験に使用するプラスチックによって結果が異なると予想されます。分解が促進され、結果的に有害物質の濃度が低くなるプラスチックもあれば、吸着した物質とは別に新たな有害物質が生成されるプラスチックもあるかもしれません。現在は、この種類ごとの特性について解明を続けています。 研究が進み、プラスチックに吸着した化学物質の環境運命が明らかになれば、今後は生物へのリスクアセスメント(リスクの評価)を行う研究につながると期待しています。プラスチックごみ問題を解決するには、プラスチックを使わない、ごみとして出さないのが一番の近道ですが、環境にやさしい代替素材の開発など、科学技術が貢献できることもたくさんあります。地球規模の環境問題が深刻化する中で、プラスチックについての研究は今後ますます加速していくでしょう。地球環境や生態系を脅かすどう立ち向かうプラスチックごみ問題「化学工学」から専門分野 : 環境化学工学なかい・さとし/主な研究内容は、水環境の修復・創出や排水の処理・再利用など。世界の海を漂う無数のマイクロプラスチック化学物質の変容を正確に捉える科学技術で貢献できることは多い海岸に漂着した発泡スチロールやプラスチック片(鹿児島県にて中井教授撮影)大学院工学研究科 化学工学講座中井 智司 教授※大きさ5㎜以下のプラスチックプラスチックシート光分解性を評価する化学物質を溶かした液を滴下残存する化学物質を分解生成物も含めて抽出抽出液を機器分析紫外線照射装置にて紫外線を照射分解速度や分解生成物を評価溶媒を蒸発させた後に試料を取り出して主な実験の手順11

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