多様な微生物の姿を克明に刻んだ縦約18㎝、横約12㎝の凸版。広島大学総合博物館が所有するこの「亜鉛凸版」76枚には、海洋動物プランクトン・カイアシ類のスケッチとその特徴が記録されている。これは日本近海に生息するカイアシ類175種を網羅した、世界で初めての研究書『日本近海の浮遊橈脚類』(1937年出版)の図版原版だ。著者は原爆で亡くなった分類学研究者の森喬以氏(下写真)である。同書は世界的にも評価を受けている。森氏は太平洋戦争の激化を危ぶみ、原爆投下前に凸版を広島市南区比治山町のある寺に移していた。その後、約70年の歳月を経て、三次市にある佐藤月二広島大学名誉教授の実家で発見され、2015年1月に本学の総合博物館へとたどり着いた。ほとんどの稚仔魚が餌とするカイアシ類は、水産学上欠かすことのできない重要な天然資源だ。南北に長い日本列島の近海ではその種類の多さが際立つ。その大きさはわずか0.5㎜~10㎜ほど。「顕微鏡を見ながら、体長わずか数㎜のプランクトンを精緻に描き、独力で175種も完成させた。森氏の学問への情熱を感じる」と総合博物館の清水則雄准教授は語る。亜鉛凸版は、総合博物館に常設展示されている。その一枚一枚に込められた当時の最高レベルの研究、そして自分の研究成果を守り伝えようとした森氏の執念が感じられる。遺伝資源を守り、伝える広大の微生物コレクションアワモリコウジ、ベニコウジ、クラドスポリウム…。あまり聞きなじみがない名前かもしれない。これらは私たちの身近にある微生物の一部だ。広島大学の微生物遺伝資源保存室(HUTカルチャーコレクション)には現在1500株を超える多種多様な微生物が保存されている(2019年5月時点)。HUTの発足は広島大学前身校の一つ、広島高等工業学校当時の1930年(昭和5年)。南満州鉄道株式会社中央試験所より保有微生物株の複製を譲り受けたことにさかのぼる。その後原爆の災禍をくぐり抜け、多くの研究者の手で菌株の収集が行われ発展を続けてきた。最も古い微生物は明治時代(1900年頃)から保存されている。遺伝資源は同じものの再取得が極めて困難な資料である。そこで、保存のためHUTでは「L-乾燥法」(真空のガラスアンプル内で乾燥状態で保存)や「凍結保存法」(-80℃の超低温フリーザーで保存)という方法を採用。現在は、学術的に価値ある微生物株の寄託保存や国内外の研究機関への分譲を実施し、研究や産業の発展に寄与している。世界初!日本近海のカイアシ類を網羅したモノグラフの亜鉛凸版原版TOPIC2TOPIC1[微生物遺伝資源保存室][広島大学総合博物館]かいあしたかもちちしぎょ08Hiroshima University Magazine
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