「同じ自然現象でも、人間の対応次第で災害の規模は大きくも小さくもなり得ます」。取材時、何度も海堀正博教授の口から出た言葉だ。 大阪府堺市生まれ。幼い頃から自然が好きだった。山や森について深く知りたいという思いで京都府立大学農学部へ進み、林学を学ぶ。 「大学3年の時、北アルプスの焼岳で土石流観測を手伝い、京都大学大学院に進学したことが、今の土砂災害防止の研究につながっています」と話す。 地球上では時々、自然の猛威が人類に襲いかかる。大雨などで山が崩れ土石流が発生し、人間の生命を脅かす災害が土砂災害。海堀教授の専門である「砂防学」は、土砂や水の動きを研究して、土砂災害を防ぐ手段を導き出す。広島大学助教授時代の1998年、オーストリアに留学。そこでは75年頃から危険度を色分けして示したハザードマップの公開と、居住制限や建築制限を設けた法律によって国民を守っていた。 身の回りの災害リスクが分かるハザードマップは、98年当時、日本ではまだ公開されていなかった。オーストリアでハザードマップ公開の大切さを学び、帰国後教科書にも書き表した。99年、「6.29豪雨災害」が広島で発生。死者31人、行方不明者1人という甚大な災害が起きたことを契機にハザードマップ公開の必要性への世論が高まり、ようやく2000年、ハザードマップが公開され始めた。さらに、県内約290カ所の管轄の異なる雨量観測データが同じフォームで1時間更新で公開され、誰でも閲覧可能とした。国による「土砂災害防止法」も施行され、甚大な被害発生が予想される土砂災害特別警戒区域には居住・建築制限が設けられた。大変な進展だった。「これで災害による被害は少なくなるだろう」と考えていた。しかし、14年に「8.20広島土砂災害」が発生。またしても、77人もの尊い命が犠牲になってしまった。①公開しているハザードマップがあまり活用されていなかった②避難勧告の発令が土砂災害の発生後になったことなどが、多くの犠牲者を出した原因であるといわれている。「行政の対応の改善だけでは、解決できない問題だ」と唇をかむしかなかった。 大雨が降ったら、山が崩れて土石流が発生したり、中小の川が増水したりすることは「自然現象」として起きてしまう。防災とは、自然現象を起こさないようにすることではなく、それが生活場に及んで命が失われてしまうような「災害」にしないことが重要だ。 「災害を未然に防ぐためにも、自分の周りの自然を知ってほしい。もし被害が出てしまう場合は、近隣同士で声を掛け合い、命を守るための避難行動を取って拡大を極力防ぐこと。災害後に被災した地域や人々が前向きに、助かった命を大切にしながら歩めるように支え、次の災害に備えられるように復旧・復興を図ること。それらが全て防災なのです」 18年の西日本豪雨による災害では、気象台からの情報や市町からの避難勧告などが早くから出ていたにもかかわらず、広島県内をはじめ13府県で230人を超える死者が出る結果となった。NHKの番組で県内の地質や地形などの特徴を解説し、内閣府・中央防災会議の検証ワーキング委員や国土交通省・土砂災害検討委員会、広島市・避難対策等検証会議、坂町の有識者委員会の座長も務めた。 「災害から命を守る行動とは何か、避難のタイミングはいつか、常に自分の問題として捉えて命を失わないでほしいと思います。この思いは、6.29豪雨災害の頃から変わりません。砂防学を通じて防災の本当の意味を知った学生を育て、地域社会にも貢献できる人を育成していくこと。それが、多くの命を守り大切にすることにつながると思っています」周辺地域の特性を知り命を守る防災を広げる土石流などの自然現象で命を失わないために避難のタイミングはいつか。自分の問題として考える両親の影響で幼少期からクラシック音楽を聴いて育った海堀教授。自宅にはお気に入りのCDやレコードがたくさんあるのだとか。14Hiroshima University Magazine取材・文/アエラムック編集部 次長 長谷川 拓美1998年、オーストリア・チロル州の砂防見学。家族や日本からの来客と一緒に。中央が海堀教授。1998年、オーストリアの砂防の専門家と一緒に恩師を訪問。一番右が海堀教授。2018年、複数の斜面・渓流から土砂が流出した「同時多発的」災害地の調査(呉市安浦町)。かいぼり・まさひろ/1956年、大阪府生まれ。1986年京都大学大学院博士後期課程修了、農学博士。2011年より広島大学大学院総合科学研究科 環境自然科学講座教授。2018年より公益社団法人 砂防学会長を務める。専門は砂防学。防災・減災のために貢献する。PROFILEWhat do you like?お気に入りのCD
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