広島大学案内2022-2023概要版
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越智 グリーンリーフが提唱した「サーバント・リーダーシップ」が注目されています。巡礼の旅に出たグループに付き添っていた従者が去った途端、巡礼団は崩壊してしまう。命令するのでなく、後ろから支えて導く人(サーバント)がリーダーだと。先生は最近『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』を出版されましたが、リーダーシップについてはどうお考えですか。山極 私は「大学はジャングルだ」と考え、ゴリラの社会から学んだ経験を大学にあてはめました。リーダーとボスには根本的な違いがあります。ボスは力でねじ伏せるので、より強い外部勢力が出てきたら蹴落とされる。下から支えられる存在であるリーダーは、力を振るって仲間を抑えつける必要はなく、むしろ力は外に向けなくてはいけない。ゴリラはまさにリーダー型なんです。私もそれに倣って猛獣使いになろうと。京都大学は猛獣がたくさんいますから(笑)。抑えつけるのではなく、力を存分に発揮して日本や世界に貢献してもらう役割がリーダーだと考えています。越智 例えば京都大学のように、力を持っている人がひしめく大規模大学と地方の小さな大学とでは、求められるリーダーシップもおのずと違ってきます。リーダー像も多様性が求められているのではないかと思います。山極 京都大学には部局や研究所が数多くあります。教員の4分の1は研究所・センターの所属なので、ふだん顔を合わせることがない。自主独立の精神でやってきた人たちを中央に向かせることはなかなか難しい。ただ、バラバラでは力が分散しますから、結集するべきところは結集しよう、部局長会議や教育研究評議会で丁寧に述べて議論しました。それはまあまあ成功したかなと思います。越智 ところで先生が子どもの頃に興味を持ったことは何ですか。山極 探検家になることです。『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』を愛読し、船に乗って孤島を探検し、アフリカのジャングルで未知の生物を発見したいと憧れました。越智 その夢が実ったということですね。山極 『ドリトル先生アフリカへ行く』の主人公は、動物と話ができるオウムに教わって動物の言葉を覚え、アフリカに行ってサルやいろんな生物と話す。空想とわかっていても、やってみたいと思っていました。その意味では憧れを実現できたといえるかもしれません。越智 デジタルトランスフォメーション(DX)が進歩し、脳で考えていることが言語化される時代になったら、犬や鳥が考えていることがわかるのでないかと思います。私は犬を2匹飼っていますが、ある程度気持ちはわかります。言語化されていないから、多分こうだろうと思うだけですが。山極 気持ちを伝え合うコミュニケーションは言語ではないと、私は思っています。言語は、気持ちを伝えるコミュニケーションとして発達したものではなく、初めから、情報、つまり考えさせるための材料なんです。探検家の夢が一度途切れたことがあります。高校紛争です。当時、住んでいた東京では新宿闘争があったり、学生が集まってデモをしたり、近くの大学でトークに参加したりしていました。探検家なんてどうでもよくなって、人間って一体何だろうか、社会とは何だろうかという疑問を持ち始めました。東京にいるのが嫌になり、京都に出た。そこでサル学に出合ったわけです。人間を知るためには、人間の外に一遍出てみないといけない。人間の社会を知るには、まだ社越智 なぜ京都大学の理学部へ?山極 最初は湯川秀樹博士の物理学に憧れたんです。高校時代、物理は得意だったし、数学も大好きでしたから。そういう点では完全な路線変更です。越智 私は松山にある中高一貫校の寮で過ごしました。全学年で50人ほどの寮ですが、先輩や後輩には、後に国会議員や大学学長、大企業役員として活躍する、そうそうたる面々がいました。柔道に打ち込みつつ古典に親しむ友人など、ユニークな人たちと知り合えたように思います。青春時代に大きな影響を受けたことはありましたか。山極 やはり学生紛争でしょうか。私は都立高校に導入された学校群方式入試制度の第1世代です。有名校と他の高校が組む群を志望すると、どこに振り分けられるかわからない。だから、一流ではないが比較的程度の高い学校群を選ぶ傾向があって、私の入った高校にも都心から随分やってきた。要するにペダンチック(衒学的)で生意気な学生が多かったわけです。高校では毎日、議論がすごく白熱していました。政治や会かどうか定かでない時代の社会から出発しなくてはいけない。それがサル学なんですね。これは面白い。いったん人間を飛び出てみることができるんだなと。そこで探検家の夢と研究が結びついたんです。Yamagiwa Juichi1952年東京都生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。日本モンキーセンター研究員、京都大学大学院理学研究科教授、同研究科長・理学部長などを経て2020年まで京都大学総長。人類進化論専攻。アフリカ各地で野生ゴリラの社会生態学的研究に従事。国際霊長類学会会長、日本学術会議会長を歴任。21年から現職。05年から環境省中央環境審議会委員。著書に『家族進化論』(東京大学出版会)、『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(朝日新書)など。07Ochi Mitsuo 1952年愛媛県今治市生まれ。広島大学医学部を卒業後、整形外科医局に入局。95年島根医科大学(現・島根大学医学部)教授。2002年広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授(整形外科学)に就任。広島大学病院長を経て15年から現職。同年、紫綬褒章を受章。21年、文部科学省中央教育審議会委員。専門は膝関節外科。探検家に憧れた少年時代学生紛争が人生の転機に山極 壽一氏越智 光夫

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