ブックタイトル東日本大震災・福島原発災害と広島大学

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概要

東日本大震災・福島原発災害と広島大学

56第4章 全学に広がる震災への取り組み①専門家として 平成23 年3月末、警察庁の死者身元確認作業要請に基づいて、広島県歯科医師会より派遣可能歯科医師のリストアップ依頼があったとのメールを歯学部長の高田隆先生から受け取った。主な作業はご遺体の口腔内所見を確認し、デンタルチャートを作成することと、生前データとご遺体のデンタルチャートを照合することであった。 広島大学には法歯学の講座がなく、身元確認の際には広島県警察歯科医会が対応している。私は、以前に警察歯科医会研修会等へ参加させていただいた経緯から手を挙げた。同時に派遣された広島県の歯科医師は6人で、うち3人が広島大学教員だった。 震災から数週間が経過していたため、先に派遣された東北大学や県外の歯科医師から現地での活動の状況が少しではあったが伝わってきていた。到着した直後に派遣先の宮城県歯科医師会担当者からの活動方法等についての情報提供もあった。いつも言われたのは「臨機応変に、無理をせず、できることをするように」であった。 2日目から宮城県歯科医師会の手配の下、歯科医師が2人1組となり、気仙沼や南三陸町等の県内の検案ご遺体の身元確認作業に当たる大学院医歯薬保健学研究院 国際歯科医学連携開発学分野 特任助教 岡 広子所をまわった。私は広島大学歯学部の河口浩之先生とチームを組んだ。 ご遺体は警察関係者により周囲の泥やゴミを洗い流された後、医師の検視を経て歯科医師の身元確認作業の場所へ移動されてきた。それぞれの場所は連続していて壁などでは隔てられていない。地面にひざまずいてご遺体の保存されている袋を自分たちで開けるところから始める所もあれば、作業台が設置され警察官の補助の下デンタルチャートの作成だけに集中できる所もあり様々であった。 這いつくばって口腔内のヘドロや液体をぬぐいながらデンタルチャートを作成したり、口腔内から粉々になった義歯を取り出して組み立てたりした。私にとってしんどかったのは作業そのものよりも、ご遺体の入った袋をいくつも開閉し、幕を隔てて親族の声が聞こえてくることであったように思う。 私に限らず、親族の嗚咽を聞きながら、被災したご遺体の顔の間近に自分の顔を近づけ、1 日に何体もの身元確認作業をするような事態を想像していた歯科医師はいないだろう。実際現地で作業して、教科書上の知識だけではなく臨床経験や使命感も必要だと実感した。すべての歯科医師が身元確認作業だけではなく、虐待や医療訴訟等、法歯学に関して知識や初歩的な技術を習得し、日常の中で様々な備えをしておくことの大切さも改めて感じた。 出動要請自体は派遣日直前だったが、派遣期間中に自分の家族や職場と連絡が取ることができた。毎日の作業終了後に各地の報告を兼ねて広島県チームで気の置けない会話を交わせたことも大きな支えになった。出発時の広島駅、作業終了時の早朝の東京駅に広島県歯科医師会会長と歯学部の栗原先生がともに来てくださった。今もその心遣いをかみしめている。今後も記憶を風化させてはならないと誓っている。デンタルチャートを作成する様子(歯周病態学分野・藤田剛先生)。確認作業中はさらに軍手とグローブを上から装着した。宮城県で使用したデンタルチャートは「福島方式」と呼ばれる形式のものであった。広島県チームは5日間の作業で合計110 体の確認と23 件の照合を行った。